活動報告

2011.06.21

被災地法律相談の報告

弁護士 深草徹

 

私は、4月30日、岩手県商工団体連合会(以下「岩商連」といいます。)に直接電話をいれ、兵庫県の自由法曹団の弁護士だが、5月3日から5日まで、被災地での法律相談活動に加わりたいとの申し出をしました。応対された方は、驚いて対応に躊躇され、「責任者がおらず、自分では判断できないので、改めて返事をする。」とのことでした。 翌、5月1日、岩商運事務局長より電話があり、被災地では、各民商が、共産党議員らとともに「なんでも相談」を行っているが、弁護士の参加は得られていないとのことで、私の申し出を願ってもないことと感激し、陸前高田市に行くことを要請されました。

 

陸前高田は、ご承知のように、3万人弱の人口で、2400名余りの犠牲者を出し、市域全域がほぼ壊滅状態となっているところです。私は、新聞記事で、市長は、共産党も加わる「市民のこえ」推薦で当選された方で、今回の津波で臭さんを亡くされたという予備知識を持っていましたので、そのようなところに入ることになり、いささか緊張感を覚えました。
あわただしく、関連資料を整理し、一部はパソコンに入れ、一部はプリントアウトして、ひととおり目を通し、何を聞かれても答えられるだけの準備を大急ぎでしました。

 

陸前高田は、盛岡から車で約3時間、5月3日中に現地に到着することは不可能なため、同日は、盛岡もしくは仙台に泊まり、翌日、現地に入ることとし、法律相談は、5月4日午後、5月5日の午後というスケジュールを組んでもらいました。ところが盛岡も仙台も宿泊先を確保できず、やむなく最も近い福島・郡山に一泊し、5月4日朝早く盛岡に向かいました。
5月4日朝、一旦、岩商運事務所に立ち寄り、岩商運事務局長から、店舗、事業所の補修費の補助金制度ができたと言って、資料をもらいました。
(※ページ下部の別表を参照してください)

 

そこから、盛岡民商事務局員の運転する車で、現地に向かいました。車中で、前記資料に目を通したところ、非常に重要な意義があることがわかり、少し、興奮状態になり、同行した盛岡民商事務局員に、いろいろ質問をしたが、よく理解をしていないようで、これはとても重要ですよと何度も繰り返すのですが、反応がもう一つでした。
車中で、陸前高田の状況を聞き、民商の事務所が流失したこと、3.11統一行動の最中に津波があり、事務局員全員が流され、未だに見つかっていないこと、その行動に加わっていた共産党の議員も津波にのまれ、死亡したことなどがわかりました。

 

陸前高田に山間部の方から入り、次第に下っていくと、まだまだ海からずっと離れ、山あいの地域と思われるのに、気仙川沿いに広がる夥しい瓦榛、引きちぎられた材木、原形をとどめない車、ひっくり返った舟など、すさまじい津波によりもたらされた残骸の山でした。次第に市の中心部に入って行くにつれて、それらは更に目を圧倒するほどに増え、窓枠もなく無人の鉄筋コンクリートの建物が点在し、場違いのところに船が鎮座して巨体をさらし、まさに黙示録的惨状というほかはない状況に、言葉を失いました。
私は、伊勢湾台風で、中学生時代、応急仮設事務所に3年間暮らしましたが、その伊勢湾台風の経験も、16年前の阪神・淡路大震災の経験も、はるかにかすむ程でした。

 

午後1時前、陸前高田民商事務所に到着。事務所といっても全国からの支援を受けて建てられたプレハブ造り仮設建物で、ここを拠点として、生き残った役員さんたちが、全国から応援に駆けつけた民商事務局員らの支援を受けて、市内に散在する孤立集落にとどまり、暮らしている人たちを中心に、被災者に対する日常生活用品、食料品など救援物資の配布活動と元気づけ活動をおこなっていました。

 

5月4日の法律相談は、5月2日に私が行って法律相談会をするということが決まってから、急いで案内ビラをつくり、ハンドマイクで宣伝をしたとのことでしたが、急なことで、2件だけでした。しかし、支援の人たちは、突然の私の参加で、元気を出してくれたようです。
当日、大船渡まで行って、震災後はじめての客だという宿に一泊。食事が出ないと言われ、驚きましたが、盛岡からの途中でパンを買い込んでいたので、辛うじて食事をとることができました。
5月5日、朝、大船渡民商に泊まり込んでいた人たちの車に同乗し、陸前高田民商仮設事務所に行き、午前中は皆と一緒に、救援物資の配布活動に加わり、ハンドマイクを借りて、兵庫県から来た弁護士だと名乗って、法律相談の宣伝を行いました。その効果があったのか、5月5日の法律相談は5件ありました。
相談内容は、津波で遺言書を流されたという相談が2件(関連相談複数)、ワ力メの収穫・出荷を行なっている漁業者が従業員へ賃金を支払いできなくて困っているという相談、仮設住宅入居に関する相談、亡くなった息子さんの事業資金借りれ金債務の相談、機械小屋、倉庫などを流された場合の問題などでした。

 

2日間6時間の法律相談で、7件というのは少ないかもしれませんが、むしろこの程度の準備で7件もあったとみるべきでしょう。被災者は、さまざまな法的問題をかかえており、弁護士が現地に入る必要性は大きいと思います。ただ、その際、被災者を客体視するのではなく、法律相談活動を通じて、被災者が、生活再建、復旧、復興のため自ら主体的に立ち上がり、団結して闘うという方向に目を向けてもらえるようにする必要があります。それができるのは民衆とともに闘う意思と伝統をもつ自由法曹団員だけだと思います。
被災地では、そのような自由法曹団の弁護士を待っています。是非、積極的に被災地に入りましょう。自由法曹団の団員の底力を示しましょう。

 

5月5日は盛岡泊まり、5月6日12時から、福島・郡山で行われた自由法曹団の地元の地方議員らとの懇談会、「原発・震災問題学習討論集会」に参加しました。前半の懇談会では、福島県県会議員、郡山市市会議員、南相馬町町会議員、浪江町町会議員らから被害の実情の報告がありました。後半の「原発・震災問題学習討論集会」では、原発問題で2名の専門家の報告・講演があり、あと討論が行われました。私は、それぞれの報告、講演に関し、各1回質問をし、討論では原発問題で説原発に賛成する意見表明をし、団員個人としてもそれぞれ勉強をして原発に反対する世論を高めるために人々にさまざまな方法で訴えかけをして行く必要があることを呼びかけ、震災問題では、特に発言の許可をもらって5月4日、5日の経験をもとに団員として現地に入ること求められていることを訴えました。
あれも話したい、これも話したいと思うことが多いのに、時間がないので、意を尽くすことが出来ませんでしたが、拍手があったので思いは通じたと思います。
なお、福島県県会議員には、岩手で入手した資料をコピーして渡し、その意義と矛盾を説明しました。しかしこれは前進を生み出す矛盾だから、各県連絡をとりあって災害救助法による救助の拡大に連帯して取り組むべきだと言っておきました。そのことは岩商運の事務局長にも伝えました。

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